2008年02月01日

スポーツと武道の境界については、現代ではなかなか難しい問題ですね。どちらにも一長一短あり。この辺りの議論については別の機会に譲るとしましょう。

ただ、ひと昔前は『道』を歩むのには今と違った目的があった気がします。最近、幕末の剣豪・山岡鉄舟を描いた『春風無刀流』という小説を読みました。その中で、鉄舟は剣(道)の目的について
私は剣法の呼吸によって、神妙の理を覚りたいのである。(略)そうなれば、物事に対応するにとどこおりなく、いかなる事変に会うとも、精神はすみやかにはたらき、いかなることもおのずから悟りうるであろう。
と語っていました。

現代は価値観が多様化していますから、『道』の目的も様々であると思いますが、やはり先達の目指したところは、こういうことなのでしょう。

さて、三船十段の動画はここにもありますが、中でも気になるのが短刀取りや杖取りの記録でしょう。武道としての柔道とはいかなるものだったのか、非常に興味深い映像だと思いました。

shikiaikikai at 02:34 │TrackBack(0)管理人のつぶやき  |この記事をクリップ!

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